フリーランス特許翻訳者の日常

翻訳者としての今までの記録 その1

翻訳者と名乗るなんておこがましいほどの駆け出しですが、今までの歩みと、これからの展望について記しておこうと思います。


2020年1月

漠然と「翻訳者になりたいなあ…」と思い始めました。茨の道が待ち構えているとも知らずに…。

そもそも翻訳者としての生き方に興味を持ち始めたのは「人とあまりしゃべらなくていい、職人的な働き方ができる」と思ったからでした。

私は2015年に大学を卒業し、その後一般的な企業で営業として働き始めたのですが、営業という仕事を選んだのは人嫌いを直さないといけないという半ば強迫観念のような思いからでした。

自分で言うのも憚られますが、私は割と器用な方なので、生まれ持った人とのコミュニケーションへの苦手意識を隠しながら、なんとか「普通の人」として振舞うことができ、今日まで無難に仕事を続けてくることができました。どんなに人と触れ合うことに苦痛を感じても「きっと誰しもがこの苦痛を感じながらも、平気なふりをして過ごしているんだ」と思っていました

しかし!!!

数年前から自分の中である疑問がふつふつと湧き上がるようになってきました。

「本当にみんな、自分が感じているのと同じ苦痛の中で働き続けているのか?」

煙草を吸いながら雑談をしていても、電話でお客さんや社内の人と話をしていても、ほかの人たちはなんだか心から笑っているような気がするんです。それで、恐らくそれは気がするだけではなく、真実なんだと思います(直観ですが)。

そんなことに気づいてからこう思うようになりました。

「ああ、自分はベースから心の作りがみんなと違うんだな」

そう思い始めてからというもの、自分自身の生き方に疑問を持ち始めるようになりました。

「そもそも、人と触れ合うことから遠ざかることはいけないことなのか?果たしてそれは甘えなのか?」

「人と触れ合うことから遠ざかることが仮にいけないことだとしても、毎日を鬱々とした気分で過ごすことが果たして正しいことなのか?」

考えに考え抜いた末に、ひとつの結論に辿り着きました。

「自分が生きているのは自分自身の人生。どんな生き方でも自分が自分を幸せにしてあげることこそが最も大切なことだ」

この結論に辿り着いた瞬間、私の人生はその軌道を大きく変え始めました。

「一人で黙々と作業をしたい」、「小さな作業をコツコツ積み重ねて、大きな成果を生み出したい」、「今まで仕事で使ってきた英語を生かしたい」、「工業的な知識を生かしたい」

安直な(しかも実際に翻訳の仕事を始めてから、翻訳という仕事が必ずしもこれらを満足するわけではないと知った)条件でしたが、これらにあてはまるのは翻訳しかないと思いました。

なんとなく、目の前が開けたような清々しい気分になりました。


その2へ続く

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